バラをもっと深く知る㊸葉が決める花の印象 その③近年の日本のバラ

バイオ技術によってつくられた切花品種の「青バラ」‘アプローズ’。
温室づくりなので葉は薄い。葉がとても青みが強くなっている。
一般に葉が厚いと耐病性が高くなるといいます。しかし美観上は厚い葉だと、全体に硬く見えます。
証言④ 「葉が厚い」
‘マダム ヴィオレ’‘ニュー ウェーブ’などを作出した育種名人・寺西菊雄さん。あるとき海外生まれの品種で「これがいま、丈夫で耐病性が高いといわれる品種ですよ」と紹介しました。
その品種は枝は太目・葉も大きく少し硬い印象。寺西さんは黙って葉を下から触り、ただ一言。「葉が厚い」。育種家が細かいところまで見ていると感じた瞬間でした。
小さめ・マットな質感の葉
人それぞれですが、一般に日本人、とくに女性は花が咲く姿のやわらかさを好みます。
それを構成する要素は細めの枝、小さめでできればマットな質感な深い緑色の葉。
日本の育種家たちは、葉の耐病性の向上させながら厚さや硬さを感じさせないような葉の品種を、実現しようとしてきています。

小型のHTタイプの樹に、ライラックに赤色がのるようなモーヴ色の中大輪花。強香。葉は濃緑でマットな質感の‘クランベリー ソース’(コマツガーデン2008年)

中央にうっすらと紫をさす小さめの花の‘ガブリエル’(河本純子/ヘブンシリーズ2008年)。細い枝は老化が早くグレーになりやすい。濃緑の葉は小さく内側に巻いて出芽し、花を一層神秘的にみせる。

赤紫色で裏弁が白く、次第に灰青紫色になる小中輪の‘リナルド’(河本純子2000年)。葉は濃緑で小さめ、先が尖った細長いかたちで、直立する枝とともにやさしさもある高貴な雰囲気。
葉が「ゴム」? 小山内健さん
小山内健さんが、しばらく中断していた育種を再開し2017年に発表したのが‘フィネス’。
あるときその葉について尋ねると「あれはゴムだ!」。
「ゴム…?」。そう言われて葉を指ではさんで触ってみます。するとプニプニ。弾力性のある葉です。「なるほどゴム」と納得です。

‘フィネス’は「常に咲き常に香り」「大きくも小さくも育てられる」品種。細い枝先によく繰り返し咲き、芳香もあります。小山内さんの代表作です。
小山内さんの選抜の優先順は、①葉の強さや樹の生長力など「育てやすさ」を第一に、②花の雰囲気③香り。
②③は同時に行い、香りがなければ例えば花付きの良さなどを考慮して発表されています。
最近はHTスタイルで機能強化した品種を発表していますが、とくにオールド~アーリーモダンスタイルの品種に、葉に特徴がある品種が多くあります。

‘アッサンブラージュ’(2018年)。端が外側に向けて反り返り、葉脈の目立つ独特の葉。

少しやつした感じのピンク色。細立ちの株。にごりのないダマスク系の芳香。オールドローズのスタイルでそのまま四季咲きにしたような‘コント ドゥ ラフェール’。葉は少し丸みをおび、マットな質感。
細かい感じが好き 河本麻記子さん
花は小さめで繊細かつ巧緻。香りがあり四季咲き性が高いのがローズ ドゥ メルスリー。
草花と抜群の相性。最近は耐病性も高くなってきています。
いま「麻記子さんのバラ」と呼ばれ人気を集めています。
葉を中心とした選抜について聞くと「花と葉のバランスは無意識に見た感じで選んでいます」。「細かい感じが好き」なので、結果的に小さめの葉となるとか。

「好きな葉の品種」として第一にあがってきたのが、2024年秋発表の‘カネット’。紅一重の花とよく合う細長い葉です(写真:河本バラ園)。分枝良く、次々と花が開花します。

グレイッシュなくすみピンクの整ったロゼット咲きで小さめの花。小さめのマットな葉は耐病性が高く、花とのバランスが良い‘ル ソワール’(2024年)(写真:河本バラ園)。

濃厚なミルラ香の‘ミエル ドゥ フォレ’(2022年)。葉はほかと違い大きめの葉。耐病性が高く厚めの丸い葉で葉脈が目立ちます。花が重めで少しうなだれて咲くので「鈴なりに咲く」と言う人も。肥料は少なめで。
花は顔、枝葉はスタイル 木村卓功さん
高い耐病性を前提に、美しい花やまとまった樹姿の品種を実現している木村卓功さんのロサ オリエンティス。
葉についてはの選抜基準は、まず病気にいかに強いかですが、好みは小さめの葉。
「花は顔。枝葉はスタイル」と言うように、離れたところから見て、たおやかな細身であることも重視してます。
ただし葉はみな同じではなく、全体のバランスで選ばれていて、それぞれ個性的です。
2019年にロサ オリエンティスの進化形として発表されたプログレッシオ。‘シャリマー’と‘マイローズ’は、株姿も葉も対照的です。

‘シャリマー’はたおやかなシュラブ。淡いピンクにアイボリーの花に枝は細め、葉は少し波打ち小さめで、株全体でやわらかさを表現しています。

一方‘マイローズ’は、冴えた赤色の花が房咲きになって、木立性でこんもりまとまる株の枝先に少しうつむき加減に咲きます。花保ちがとても良いことに加え開花連続性が高く、夏剪定が不要なほど。少し大きめで肉厚感・青みを感じるような葉が花とバランスをとっています。

中輪でも大きめの花の‘ディコン’(2023年)。樹はとても丈夫な木立性。丸みのある半照り葉は、花に対して小さめ。花をより引き立てているだけでなく、株全体で元気を表現しています。

「これはフランスのバラ?」。育種家もそう思ったという‘アルゴノーツ’(2022年)。浅緑色の小さめの照り葉に、バイカラーの花がぱっと映え、シュラブ状の株の上に咲きます。

2025年春に発表された丈夫な茶色の品種‘うののさらら’は、‘アイスバーグ’のようなやわらかな樹姿で、葉も上品。葉脈があまり目立たないしっとりとした質感で、すっとした花の品格を一層高めています。
育種家の“表現”をもっと理解しよう
これまで見てきたように、バラは葉だけを目的には育種されてはいません。
しかし育種家たちは「葉が病気にかかりづらい」など樹能面と同時に、葉の大きさ・かたちや色、茎、そして株姿まで見て、感じて、選んで発表していることはご理解いただけるでしょう。
育種家たちはいま「この品種は“花を見る”バラ、この品種は“咲いた株姿を見る”バラ」と区別しています。
気に入った花を見つけたら、香りを嗅ぎ、葉や茎を見て、そして少し離れて株姿を見て、感じると、育種家がそのバラに表現したかったものが、もっとよく分かってくるものでしょう。知識や評判だけに惑わされない素直な眼で。
著者紹介
#バラ #バラの育て方 #特集
玉置 一裕
バラの専門誌『New Roses』編集長。
『New Roses』の編集・執筆・アートディテクションを行うかたわら、ローズコーディネーターとしてバラ業界のコンサルティングやPRプランニング、関連イベントのコーディネート、バラの命名等に携わる。
また園芸・ガーデニング雑誌への執筆や講演を通じて、バラの「美」について語ると同時に、新しいバラの栽培法の研究も行っている。