まちの植物を観察してみよう 植物観察家・鈴木純さんとまち歩き
秋の一日、まちを歩きながら植物観察をする、というと、のんびり散歩がてら、普通に目につく植物を見て歩くと多くの人は思うようです。でも鈴木さんの観察会は少し違います。極端に言うと歩かない。移動はするのですが、普通なら無視してしまうような場所でも、目につく植物があると、とことん深く観察をするので、その場からなかなか動きません。今回も、国分寺にある主催の胡桃堂喫茶店を出発点として、2時間余りで半径100~200mのエリアでしか移動しませんでした。鈴木さんの話だと、毎回そうなってしまうことが多いとのこと。でも、それこそ鈴木さんの観察会が注目される由縁でもあります。今回も、そんな狭いエリアでも、予想以上に観察できる植物の数も多くて、参加者みな大満足でした。
進まないまち歩き
さっそく観察会の様子を見てみましょう。まずはスタート前。鈴木さんがあるタネを準備してきました。
「みなさん、このタネの顔を見て下さい」
フウセンカズラのタネ、その顔が面白いのでもってきたとのこと。最初から進みません(笑)。
ようやく皆が見終わってから出発です。といっても向かったのは道路向うの路地でした。地際を観察します。
そこには、小さなキクのような花が咲く野草がありました。鈴木さんが説明をします。
「ハキダメギクっていうんですよ」
「あの牧野富太郎さんがつけた名前です」
「ひどいでしょう。名前がかわいそうなくらいカワイイ花なのに」
「よく見ると花の構造がおもしろいですよ」
と、実際に手に取って、構造を見てみたりします。みなさん真剣です。
そして、ビルの壁面の地際へと目を移動させると、ちょっと気になる野草が生えています。葉の付け根に、小さなミカンのような果実がついています。まさに見ての通りの名前、コミカンソウです。
「よく見て下さいね。かわいい実でしょう」
「この隣に生えているのは、ナガエコミカンソウ」
「花柄が長くて帰化植物です」
似たもの同士でも、よくわかるように違いを説明してくれます。そして、ネコジャラシの穂先を一つ取って、
「よーく、見てください。これが花です。かわいいですね」
「和名ではエノコログサっていいます」
さらに、地際から生え、壁面を覆うナツヅタに目をやります。壁面にはナツヅタが高い場所まで上っています。まずは、ナツヅタはどう壁面に着いているのかを観察します。よく見ると強力な吸盤のようなものを茎から出して壁面に吸着しています。
「みなさん手で引っ張ってみてください」
「簡単には取れないでしょう」
「ツタのようなつる植物の絡み方、今日は何種類か見ましょうね」
手で引っ張ってみてもちょっとした力ではびくともしません。みな体験します。
「ツタの葉は、枯れると葉柄と葉身がバラバラに落ちるんです」
「でもそうじゃないときもあって……」
そんな、植物ならではのゆるい話を、実物を示しながら説明してくれます。時間はすでに20分以上は経っているでしょうか(笑)。
ようやく移動する
ようやく、移動です。出発からはわずか数十メートルしか進んでいません(笑)。それでも、すでに3種以上の植物を観察しました。次は、また路上に目が行きます。やはり、この観察会で多いのは地上10~20cmくらいの高さに目をやることです。ここで見たのはハゼランです。
「サンジソウ(三時草)とも言って、午後3時ごろになると花が咲きます」
「マチバリソウともいうのですが、ほら果実を見てください。まち針に見えるでしょう」
「夕方は、3時にハゼランの花を見て、4時すぎにオシロイバナの花をみるといいですね」
観察は続きます。次に金網フェンスのある空き地に咲くオシロイバナを見ます。昼前ですから、花は咲いていません。でも見るのは花ばかりではありません。黒くついている果実も観察します。
「この果実、潰すと中から白い粉のようなものが出てきます」
「この白い粉から着いた名前がオシロイバナです」
「昔は、こどものままごと遊びとして使われたようです」
まずは、説明しながら自分で実際に果実を割って、中を見せてくれて、その後、参加者も体験します。植物の名前の由来など、座学とは違って、すんなりと頭に入ってくれます。
さらに先のフェンスには、ヘクソカズラが咲いていました。またまた名前の由来話からはじまります。
「こんな名前がついてかわいそうですよね。名前どおりの臭い匂いがするのは事実ですが」
「でも、実際に見ると花はものすごくかわいいんです。そして花を解剖してみると。虫を呼ぶ仕組みがわかりますね」
鈴木さんの愛情あふれる解説を聞いていると、その強烈な臭いがあっても、ヘクソカズラにも親しみが湧いてきます。とにかく、野草をよく知らない人だと、見逃してしまう大きさの花でも決して見逃しません。さらにフェンスにはアオツヅラフジが絡まっていました。
「アオツヅラフジもつる植物ですが、どんな風に絡まっていますか」
「みてください、ツルをグルグル回転させて自ら絡まって延びていくんです」
同じつる植物でも、絡まり方の違いがよくわかります。それぞれ見て、手で真似てみたりして絡まり方を覚えます。
植物を見つける力がすごい
鈴木さん、ちょっと高台になっているこの場所から、道路向うに見える植物が気になるとのこと。そういった気になる植物を見つける力も鈴木さんのすごさです。そして、そこへ向けて歩き始めます。しかし、10メートルも歩けばそこにも植物が。ミズヒキとアベリア、シマトネリコと素材が三つもあります。身振り手振りでシマトネリコの説明をしたりして、当然前には進みません。
ミズヒキの姿は、植物ファンなら多くの方が知っているのですが、その花の構造を知っている人は意外にいません。極々小さいせいですね。そうなると、鈴木さんの秘密兵器の出番です。超アップが写せるコンデジ(コンパクトデジタルカメラ)で花を撮影して見せてくれます。
「これがミズヒキの花ですよ。真っ赤に見えますが、ここ白いでしょう」
「こう見るとミズヒキの花ってなかなかいいですよね」
そこには、はじめて見るようなすてきなミズヒキの花が写っていました。俯瞰して見ていると赤い小さな花ですが、白色の部分があったり、細かい描写がよく分かります。形もよくわかりました。そして、ようやく歩き出します。
途中、教会があってそこには満開のキンモクセイがありました。いい香りが漂います。
「キンモクセイって知っていますか、日本にあるのはオス(雄樹)ばかりなんですよ」
「中国にもメスがあるのかどうかわからないらしいです」
「なので、日本では結実しません」
草ばかりではなく、木にも造詣が深い鈴木さんです。元々東京農業大学造園科卒業、入学すると葉っぱを見て木の種類がわかるような訓練をさせられるんだそうです。
さらに歩くとフェンスにノブドウが絡まっています。
「これノブドウです。ノブドウは茎が変形した巻きひげを出して、それを投げ縄のように他の植物に絡めていきます、これも絡み方の違ったタイプのつる植物です」
「果実の色を観てください。白やブルーにブドウ色、ピンクとさまざまです。どれが熟れた色なのか、これも諸説あるんですよ」
個人邸のフェンスでしたので、外でガヤガヤと話をしていると庭仕事をしていた家人が寄ってきました。もちろん、「まち歩きで植物を見ているんです。見させてください」と断ります。喜んでOKしてくれましたが、きっとノブドウごときでなんの話をしているのだろう、と思われていたのではないでしょうか。
さらに気になる植物のあるところへ進みます。鈴木さんが手にしたのは、白い花のようなものと赤い実のようなものがある緑の木でした。
「これ観て下さい、クサギです。そして嗅いでください。いい香りでしょう」
「(羽子板の羽根のような)果実も特徴的でいいですよね」
「あ、こっちにはコセンダングサの実があります」
「ほら、この実、すぐにひっつくでしょう」
とにかく、そこにある植物の特徴というか、楽しめる性質をすぐに体験させてくれます。遠くから見て気になった植物はクサギでしたが、こういった空き地にはいろんな植物が生えていて、話のネタに事欠きません。マルバルコウもありました。帰化植物です。ここでもみな動かず、植物観察に没頭しました。
ようやく、予定の時間になったので出発点へ戻ります。とはいっても、わずか100メートル足らずで帰着です。その最後の場面でも、足元にあったトベラの解説を付け加えます。
身近な植物にも魅力がいっぱい
こうして鈴木さんの観察会は終わりました。本当に距離を歩きません。でも、観た植物は、20種以上はありました。身近な野草とよくいいますが、普通ほぼ俯瞰して終わりです。ここまで、ぐっと寄って観察することはなかなかありません。植物観察家鈴木純さんのまち歩きは、私たちを新しい植物の世界へ連れていってくれました。ちなみに、観察会がスムーズにいったのは、同じルートを鈴木さんが下見しているからでもあります。また、観察にあたって、植物のある場所はさまざまですが、いろいろと気を遣っていることもわかりました。素敵な観察会ありがとうございました。
植物観察、誰もが手軽にできる趣味ですが、その観察の仕方にはいろんな方法があります。とにかく、植物に、ぐっと寄って細かいところを観察する、そして見た事からいろんな疑問や課題を見つけて、必要ならばそれを検証する、それが鈴木さんの観察術です。開花の様子をただただじっと何時間も見ていることもあるそうです。場合によっては鞘に入っているタネの数を数千の単位まで数えてしまうこともあるそうです。子どもでもいっしょに楽しめる植物観察、楽しさの本質を知ることができました。一度、参加されてはいかがでしょうか。植物を観る視点が変わります。
『そんなふうに生きていたのね まちの植物のせかい』
鈴木 純/雷鳥社/2019
鈴木 純(すずき・じゅん)
植物観察家。1986年東京生まれ。
東京農業大学で造園学を学ぶ。卒業後、中国で2年間砂漠緑化活動に従事。帰国後、自然をテーマにしたツアー会社で仕事をしながら、日本各地100か所以上におよぶ自然を訪ねてきた。2018年フリーの植物ガイドとして独立。徒歩10分の道のりを100分かけて歩く、進まない植物観察会で知られる。並行してスローツアーも主宰。植物観察家として活躍している。著書に上記書籍『そんなふうに生きていたのね まちの植物のせかい』がある。
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